そして数日後。
にとりと魔理沙は、人里に少し離れた池に来ていた。
ひと泳ぎ出来るような広さに、それなりに澄んだ水。
近くに住む者がいたとしたら、この場所は憩いの場としてぴったりだ。
そこにある、腰掛けに使えそうな大岩の後ろに、二人は隠れながら池を注視していた。
「ホントにこんな所に来るのか? 水汲みなら、あの川があるだろう」
「いや、それでもあの男の子はここに汲みに来るんだよ。なにか訳ありかもしれないけど、お友達になれれば理由も聞けるよね」
「ああ。それでトラブルがあったなら、盟友としてお前が助ければいい。それよりまずは、勇気を出して声をかけてくるんだ」
「みっ、見ててくれよ!? 心細いんだからな、ちゃんと見てて……」
「おっ! 来たぞ!」
魔理沙は桶を担いだ男の子を確認すると、にとりの背中を押して勇気づけた。
「わわわっ、いっ、いてきま」
どもりながらも大岩の陰から出てきたにとりは、男の子の所に歩いていく。
すると男の子の方も、見かけない訪問者に気づき警戒した。
「お、おめぇ何者だ? おらに何の用だ?」
「ど、どうもはじめまして……私、怪しい者ではございません。河童の、河城にとり、っていいます。よかったら、その……お友達になってください!」
にとりは人間の事を"盟友"と呼び親しむが、実際友達と呼べるような仲の人間は魔理沙と他に少数いるくらいだった。
人里の人間達とも親しみ、仲良くなりたい。そうにとりは願っていた。
しかしにとりはそれでいて、大の人見知り。
なので自分から切り出すような事はまずなかったのだ。
しかし今は、魔理沙が勇気づけ、岩の陰から見守ってくれている。
それで決心し、こうして一人の男の子から仲良くなろうとしていたのだった。
しかしその男の子は、ぽかんとしながら目の前でツインテールを揺らす女の子を凝視する。
警戒を解くつもりはまだないようだ。
これではいけないと焦ったにとりは、しょっていたカバンの中をまさぐり始めた。
「あの、せっかくだから遊ぼうよ! このカバンの中には面白いのがいっぱいあるからさ……」
そしてにとりが苦し紛れに取り出したのは、植木鉢にきゅうりが刺さっている謎の発明品だった。
「これはね、音が鳴ると動き出して、さらにきゅうりも歌ってくれるおもちゃなのさ!」
試しに見ててと、にとりは植木鉢をその場に置き、パンパンと両手を叩いて音を鳴らしてみる。
するとしなやかなカーブを描いていたきゅうりがクネクネと動き出し、さらには歌を歌い始めた。
「かっぱっぱー♪ かっぱっぱー♪ きゅーっかんばーかっぱっぱー♪」
録音されたにとりのマヌケな歌が、静かな池に響き渡った。
「あちゃあー……もうちょっとマシなのだせよ……」
岩陰で見守る魔理沙はその様子を見て、頭に手をやりため息をつく。
魔理沙は心の中で、失敗か? とつぶやいた。
しかし、男の子の反応は真逆だった。
「す……すげぇ! これお前が作ったのか?」
「うん! 試しに鳴らしてみてもいいよ?」
男の子は始めての機械というものに感動したようで、すぐに興味を持ってくれた。
この程度の発明品なんて、にとりや魔理沙にとって見慣れた物なのだが、機械を知らない人間にとってはどんなものでも新鮮な刺激になった。
特に好奇心旺盛な男の子は、二人で遊んでいるうちに警戒を解いてなじんでいた。
お互い笑顔を向けられる仲になった事に安心し、魔理沙はそっと、そこを飛び立とうとした。
しかし、穏やかな空気に不似合いな怒声が、突然こだました。
「こらぁ! 何やってる!」
突然、魔理沙でも、にとりでも、男の子でも、歌うきゅうりでもない者の大きな声が響いた。
遊んでいた二人は、驚きその声のした方向に顔を向ける。
するとそこには、仁王立ちで睨みつける女性の姿があった。
「か……かあちゃん!」
男の子が母を確認した途端、思い出したように水桶をしょって走り出した。
「あっ……」
にとりが唖然としているうちに、男の子は母親の所にたどり着いてしまった。
「河童め! ウチの子の尻小玉を抜こうったって、そうはいかないよ! 二度とこの子には近づかないで! さあ、行くわよ……」
母親はにとりにむかい怒鳴り散らした後、水桶を持った男の子を押すように去っていった。
男の子は後ろ髪を引かれるように度々振り向くが、足を止める事はなかった。
「あのアマっ! おい、にとり……」
魔理沙は岩陰から飛び出し、うつむいて動かないにとりに駆け寄った。
「また、失敗か……そっか……」
にとりは無理やり明るい口調で話そうとしたが、その声は震えている。
元気を取り戻そうと、自己暗示のようにブツブツとつぶやく。
しかしうつむいたまま戻ることはできなかった。
「………………」
魔理沙は戸惑った。
相手が悲しんでいるのに、何をしてあげたらいいのだろう、と。
魔理沙には上手い慰めの言葉を投げかける事は出来ないし、だからといってにとりに何もしてやれないのは嫌だと思っている。
ならば、彼女がしてくれた事をそのままやってみよう。
そう魔理沙は考えた。
「にとり」
呼ばれたにとりは、なるべく魔理沙に顔を覗かれない体制でチラリと見た。
魔理沙はすぐに動くきゅうりの前で手を鳴らす。
もちろんきゅうりは動き出し、録音された歌を流した。
魔理沙は隣でクネクネと踊りながら、流れる歌をうろおぼえに歌い始めた。
「かっぱっぱー、かっぱっぱー、きゅーっかんばー、かっぱっぱー……」
さっきの男の子の時のように、マヌケが流れた後の静寂が二人を包み込む。
勢いでやってみたはいいものの、笑わせる以前に自分が恥ずかし過ぎて逃げ出したくなった。
それでも魔理沙はそのマヌケな踊りを続けた。
真っ赤になりながらも、親友の笑顔のために動き続ける。
「かっぱっぱー!かっぱっぱー!きゅうかんばーっ!かっぱっぱー!」
すでに魔理沙は歌っているとは言えず、叫ぶようにマヌケな行為を繰り返している。
「…………ぷっ。やっぱり、変な歌だね」
にとりの顔が、ほころんだ。
「自分で歌ったんだろうが!」
怒りながらも、魔理沙はにとりの微かに生まれた笑顔に安心した。